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商品カテゴリ一覧 > 生産国別 > フランス > ブルゴーニュ > ラ行 > ルイ・ラトゥール

Louis LATOUR ルイ・ラトゥール
コルトンの帝王と称されるトップ・ネゴシアン

最大規模のグランクリュ畑を所有する大ネゴシアン
「ルイ・ラトゥール」は、この地で家族経営を守り続けている世界的に著名なワイン生産者です。 その歴史は、1731年に一族がブルゴーニュの中心コート・ド・ボーヌでぶどう畑を所有し、ぶどうの栽培と樽づくりを手がけたことに始まります。 1768年にアロース・コルトン村へ移住した一族は、フランス革命直後の1797年に、醸造家かつネゴシアン(ワイン仲買人)として創業を迎え、 まだ残る革命の余波をもろともせず、徐々に自社畑を広げていきました。 また成功への大きな契機となったのは、4代目当主による大胆な改革でした。 19世紀後半、彼はヨーロッパのぶどう畑がフィロキセラ(畑を食い荒らす害虫)で壊滅状態になった際、従来のピノ・ノワール種に替え、 コルトンの丘にそれまで誰も想像さえしなかった、シャルドネ種の苗木を植樹し、後にブルゴーニュの2大白ワインのひとつと謳われた 「コルトン・シャルルマーニュ」を誕生させたのです。こうした努力と成功を経て、「ルイ・ラトゥール」は現在、コート・ドール最大規模のグラン・クリュ(特級畑)を所有するブルゴーニュ屈指の作り手にまで成長を遂げています。

世界中のセレブやVIPから愛されてきたワイン
・第二次世界大戦の開戦前年、イギリスのジョージ6世は現エリザベス女王を率いて、フランスを表敬訪問しました。 その際、ベルサイユ宮殿ガラスの間で晩餐会が催され、「コルトン・グランセィ1919」が振る舞われました。 1938年8月15日付雑誌“LIFE”マガジンには、この晩餐会で現女王が“もう少しコルトンを”と求めたと掲載されています。

・フランスのエリゼ宮殿で振る舞われたメニューの内容は、たびたび公開され、いつも話題になっています。 ルイ・ラトゥールの看板グランクリュ「コルトン・グランセィ」と「コルトン・シャルルマーニュ」も、多くの重要なシーンに登場。 1958年、ドゴール将軍はエリゼ宮殿に移ったまさにその日に「コルトン・グランセィ1947」を前大統領のコティ氏とともに空けたと伝えられています。

・アメリカ合衆国大統領の多くは定期的にエリゼ宮殿でもてなされてきました。 その際は必ずルイ・ラトゥール社の「シャンベルタン・エリティエ」や「コルトン・グランセィ」、そして「コルトン・シャルルマーニュ」。 アイゼンハワー大統領もそのひとりで、2日間で2度もルイ・ラトゥールのワインを楽しんだそうです。

・1976年、ジスカール・デスタン仏大統領は、アメリカを独立200周年記念の祝祭のため訪問しました。 その際、彼はルイ・ラトゥール社の「シャンベルタン1966」を持参し、フランス大使館で催されたジェラルド・フォード大統領をお祝いするガラディナーに提供しています。

・ニューヨークタイムズの2002年2月25日付記事は、小泉純一郎首相が、外務省の飯倉公館でブッシュ米国大統領と握手の写真を撮った後、 ランチを共にし、その際、最高級の日本酒とルイ・ラトゥール社の「バタール・モンラッシェ1996」を楽しまれた、と報じました。

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